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宮城県山元町災害時医療対策視察報告

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年11月29日更新

宮城県山元町災害時医療対策視察報告

平成30年11月12日、13日の2日間、当院長が、宮城県亘理郡山元町へ災害時医療対策視察を行いましたので、報告いたします。 

院長 末光 浩也

 11月12~13日、宮城県亘理郡山元町に大塚野村病院副院長、山本英明厚生常任委員長、山岡医療介護部長をはじめ計7名で視察に行きました。今回視察した山元町では、平成23年3月11日午後2時46分 震度6強の地震が発生し、午後3時50分ごろに津波が襲来しました。死者は637人、全壊家屋は2217棟、津波浸水による世帯は2913世帯(全体の52.4%)の甚大な被害を受けました。

12日は、山元町役場で齋藤俊夫町長と面談しました。3月11日の東日本大震災時の被害状況、その後の町の復興状況などをお話いただきました。山元町と西予市は震災後、職員の派遣などでお互いの交流があり、7月の豪雨災害でも西予市にお見舞いに来ていただきました。

次に、独立行政法人国立病院機構 宮城病院を訪問しました。病院では、永野功院長、安藤肇史副院長、中野良子看護部長、藤田康博事務部長など病院幹部の方々と面談しました。その際、安藤副院長から「東日本大震災による被害状況・病院機能復旧に向けての各部署の取り組み」の報告を聞きました。その後、病院の屋上に上り当時の震災、特に津波の状況などの詳細を話していただきました。病院大会議室には、震災発生時刻2時46分で止まったままの時計が復興のシンボルとして保存されていました。

その後、災害拠点・山下地域交流センターに移動し、保健福祉課健康推進班の佐藤睦美班長、渋谷美智子技術主幹から、「東日本大震災対応から学ぶ~振り返って伝えたいこと~」で話を聞きました。町の職員または保健師の立場からの詳細な報告及び資料などをいただきました。

13日は、被災現場視察を行いました。海岸沿いの道を車で走ると、本来なら有ったはずの集落はなく広大な空地が広がっていました。その中に唯一残った中浜小学校を訪問しました。校舎の2階天井まで達した大津波にも逃れて90名の児童が助かった様子など当時の状況を見ることが出来ました。今後、中浜小学校校舎は、震災の状況を伝える施設として整備され一般公開される予定です。海岸沿いにあった常磐線は陸側に1km移動し、高さ4mの高架橋になっていました。また海岸沿いには7mの防波堤の工事が行われ、その内陸にも同様な防波堤を建設し2重の津波対策工事が、延々と続く海岸で今現在進行中でした。

その後、山元町歴史民俗資料館で、高台への集団住民移転の工事の際に偶然に発見された1400年前の「線刻壁画」を見学しました。最後に、復興事業で建設された子育て支援施設の中核を担う拠点施設の山元町こどもセンターを視察しました。

2日間の視察は、大震災の状況、またその後の復旧などを見聞きし初めて知ることも非常に多く、大変有意義な視察でした。今後の南海トラフ大地震を含めた災害時医療対策などに大変参考になりました。

最後になりましたが、山元町で大変お世話になりました関係者の皆さん方には心から感謝申し上げます。


視察の様子(1)
         視察の様子(1)
視察の様子(2)
         視察の様子(2)
視察の様子(3)
         視察の様子(3)
視察の様子(4)
         視察の様子(4)


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